学校で何か委員会とか係をやる時は、
挙手性もあったけど、社会に出ると指名されることも多い。。。
どの職場にも、いつも誰かの相談に乗っていたり、気づけば火消し役を任されていたり、組織全体のために動いている人が一定数存在してますよね。
特徴としては、「多くの人に信頼されていて、知識・経験も豊富」
ただ、そういう人ほど実は“評価制度の波”に一番振り回されている。
今回はそんなあるあるを自分なりに言語化してみました。
自分が思っている事の整理的な側面もあるので、
個人の主観として捉えて頂ければ幸いです。
1. 有能な人と平均点以下の人の違い
まずそもそも論で、「有能な人には仕事が自然と集まる」
スキル、対応力、安定感、経験などから確実に託せる人にはそりゃ誰でも頼みたくなりますよね。
そして出来る人は無理くり時間を駆使して成果品を上げてくる。
ベースの視座が高い方も多い為、個人目標よりも、組織全体のために動くことが増えていく。
「この人なら任せられる」という信頼の裏返しなんだけど、その時間は目先の評価に直結しないことが多い。
結果として、有能な人ほど“評価に換算されない仕事”に時間を取られてしまう。
一方で、言葉は悪いですが平均点以下の人は“余白”があります。
これがまた不思議な現象で、平均点以下の人は、仕事の圧迫が少ない分、コンピテンシー目標をじっくり進める余裕がある。
- 隙間時間を確保しやすい
- 自分のペースで目標に取り組める
- 評価に直結するタスクに集中できる
つまり、評価制度の“攻略”だけを見ると、忙しすぎない人のほうが有利になりやすい。
なんてこったい…
2. コンピテンシー目標のレベル感
ここでさらに厄介なのが、コンピテンシー目標(※)が毎年少しずつレベルアップしていくこと。
※コンピテンシー、OJT、MBO等の人事評価制度を指しております
そして、有能な人はそもそも高いレベルを求められる。
「あなたならもっとできるよね」という期待が、目標設定の段階から反映されてしまう。
その結果どうなるか。
有能な人にとっての“平均的な目標”は、他の人にとっては“ハイレベルな挑戦”になる。
つまり、同じ評価制度の中にいながら、スタートラインもハードルの高さも違う。
3. 最後に
「評価されない努力」を続けている人が、実は一番組織を支えている。
この矛盾に気づいている人は多いけれど、制度としてはまだ追いついていない。
「なんで自分だけこんなに忙しいんだろう」と感じた時は、
「“できる人”だからだ!!
その忙しさが評価に反映されないのは、制度の構造がそうなっているだけ。」
と言い聞かせてますw
今回はずっと感じている違和感について纏めてみました。
共感できる事項があれば嬉しいです。
ではまた次回の記事でお会いしましょう。